悴むアタマ

創作 気分転換 毎日更新できたらいいねって。

4番目の男

 

「俺がお前の4番目の候補になってやるよ」

 

LINEでやりとりをするような仲ではなかった。

けどこの時は何となくな流れで会話が続いた。

気付いたらそいつと通話をしていた。

深夜だったからどうかしていたのかも知れない。

今となってはよく思い出せないけれども。

 

「…なに言ってんの?」

 

「俺、彼女いたけどさ。

初めてお前と会った時、まじで可愛いなと思ってたんだよな」

 

「あっそう」

 

「…余裕かよ」

 

「それで?」

 

「今もう別れたし、」

 

「…」

 

 

見えすいた展開。

つまらないなと思った。

 

 

 

「俺がお前を惚れさせてやるよ」

 

 

 

「--っ、あははははっ」

 

思わず私は声に出して笑ってしまった。

想像の斜め上のそいつのその言葉を、

純粋に面白いと思った。

 

「だから、1日俺にちょうだい。デートしようよ」

 

「いいよ、惚れさせてみなよ」

 

真正面から宣戦布告してくるそいつ。

けど、私が好きなわけでは無い。

そんなずるいやつ。

私を面白がりやがって。

 

私は迷わずOKした。

 

 

 

 

 

その日は無理に見栄を張って、下戸の癖に酒を飲む。

そのまま終電を逃し、そいつの家へ泊まることになった。

 

他の男友達と荒野行動をし始めるそいつ。

私はそれをよそに、古着のカタログを読む。

 

ムードもクソも無い。

ただただ心地が良い空間。

 

それでよかった。

 

私はそいつのことが好きでは無い。

好意的な目で見ていない。

顔とセンスはいいな、それくらいの感情。

 

デートに付き合ったのは

そいつがどう私を落とそうとするのか知りたかったから。

 

これから先どんな展開になろうが、

私は体を許すつもりは断固として無い。

 

 

それまでに私は色んな男と一緒に寝た。

けれど一度も男女の関係にはならなかった。

私が隙を見せなければレイプなんてされない。

そんな自信で溢れていた。

 

 

そいつはなかなかゲームをやめない。

私はカタログを漁るのに飽きて、

勝手にパジャマと風呂をかりた。

 

歯を磨いて髪を乾かす。

その頃にはそいつはゲームをやめていた。

 

「ねえ、どこで寝たらいいの」

 

ベッドはシングル。

布団がありそうな様子でも無い。

「ベッドで寝ていいよ」とそいつは言った。

 

「じゃあどいてよ、もう寝るよ私」

 

ベッドを占拠していたそいつは立ち上がった。

 

そう思ったら。

 

 

 

 

「…ごめんな。さみしかっただろ」

 

急に抱きしめられた。

 

今更男ぶりやがって。気持ち悪。

「全然だわ」そう言って私は彼の手を払い除ける。

 

 

 

 

 

 

ふと目が覚めた。

シャンプーのいい匂いがした。

薄暗くて状況がよく読めなかった。

ただ、私に触れる温かな手の感触。

 

 

「ちょっ--、やめてよ!!!!」

 

 

「しっ」

 

 

そいつは私に迫り口を塞ぐ。

「隣に聞こえるから」

私より華奢な体。

それなのに腕力は馬鹿にならなくて。

 

 

 

それに私は従うしかなかった。

 

 

 

夜が明けた。

 

彼は満足そうに目を閉じたまま顔を私に寄せる。

私は顔を背けて言った。

「キスしないよ?」

 

「…つれないなあ」

 

 

私はぶっきらぼうにバイバイと言ってドアノブに手をかけた。

そいつは玄関で両手を広げる。

 

「バイバイのハグは?」

 

「しないから」

 

 

帰りの電車で涙が勝手に溢れてきたのは私だけの秘密。

 

 

そんな嫌な記憶をかき消すように、

私は直ぐに1番目の候補の男と付き合った。

 

 

けれど嫌でもあの時の記憶が蘇ってしまって、

まともに楽しめなかった。

肉体的な接触を恐れ、私は彼と会いたくなくなる。

一方的に突き放して別れるまで、2ヶ月も持たなかった。

 

 

 

それから1年。

私は誰とも付き合っていない。

バイト中心の生活になんだかんだ満足していた。

 

それなのに。

 

 

 

 

 

 

「ーーっす」

バイト先にそいつが食べにきた。

私は厨房の影に隠れて一服する。

 

煙が漂ってきたのか知らないが、

そいつはテーブルを離れ私の側に来た。

 

「何?お前、タバコ吸うようになったんか?!」

「どうしたんだよまじで?病んだ?何があった!」

 

「うるせえよ、客は席戻ってろよ」

 

 

 

 

 

----お前のせいだよ。

 

 

 

 

そう言えればよかったのに。

 

そう言っても何も変わることはない。

私はあの日以降、ズブズブと黒く染まっていく。

ただそれだけ。

それに、一番悪いのは私自身だ。

 

 

 

 

4番目の男

それは、私のはじめての男。

 

私を拾ったおねえさん

「おい、お前」

 

初めて地上の人間と目が合った。

綺麗な恰好をした、気の強そうな顔をしたおねえさんだった。

今が昼なのか夜なのか全くわからない、そんな地下室で私は微かに光を見た気がした。

 

「じゅう、にじゅう、さんじゅう…」

いつも私にご飯をくれる男が、目の前で紙切れを数える。

「はい、ちょうどいただきました」と、男は檻の鍵を開けた。

おねえさんはかがんで背の低い入口からぬるっと手を伸ばし、私の腕をつかむ。

 

「ほっそい腕だなあ…」

そう言っておねえさんは私の手をとり、ゆっくりと檻の外へ連れ出してくれた。

 

雲一つない、黄色びた空。

風にふかれる草木の音。

鼻奥を通る冷たい空気。

久々に見る地上の眩しさに戸惑いながら、

私はおねえさんに手を引かれ歩き続ける。

どこに向かっているのか分からない。

 

「おねえさんは何で私を選んでくれたんですか」

 

私はお世辞にも体が丈夫とはいえない。

私を買ってもいいことなんてなかろうに。

それに、もっと綺麗な顔立ちの子もいた。

 

「あの檻の中で一番、大人が嫌いそうな顔してたから」

 

「…」

 

黙ったままの私をよそに、

おねえさんは話を続ける。

 

「大人が嫌いなまま大人になってほしくないんだよね、」

「なんで人は保健所から犬だの猫だの引き取るのに子どもは引き取らないんだろうね」

 

「…子どもは生めるから、じゃないでしょうか」

 

おねえさんは突然歩くのをやめ、

私の前にしゃがみ込んだ。

 

「…じゃあ、子ども欲しい人ってなんで欲しいんだろうね、」

「胸を張って、うちの子を幸せにしてみせます!って言えるのかな」

 

私の冷たい頬を、おねえさんの温かくて柔らかい手が包む。

 

「自分の幸せのために勝手に生まされてさ、それで上手くいきませんでしたなんて、ほんといい迷惑だよな」

 

おねえさんは残念そうな顔をしながら、

私の頰肉を寄せたり伸ばしたりし始めた。

きっと私の顔で遊んでいるんだろう、

それでも不思議とそれが嫌じゃなくて。

私の喉の奥が熱を帯び始める。

 

 

「…私は君を幸せにするからね」

 

そう言ってお姉さんは恥ずかしそうに笑う。

私も恥ずかしくなって、思わず目を逸らす。

おねえさんは立ち上がって、さっきまで歩いていた方向へ視線をやった。

 

「幸せじゃない子どもが目の前にいたら、笑顔にさせるしかないでしょ、」

「私は子どもを産まなくても人を育てられるし、そこから自分の幸せを見出すんだ」

 

そう言うおねえさんの横顔は凛々しくて、目がキラキラしていて。

ただただ綺麗なそれに私は目が離せなかった。

 

 

 

 

私は自分を生んだ大人が嫌いだ。

そんな大人で溢れたこの世界も嫌いだ。

 

 

 

でも、おねえさんだけは信じてみようと思った。

 

私達が向かう先。

 

それは--。

憶い出 SS

死んだら神様のパシリになりました。

今は夜な夜な他人の夢に現れて、

人に「憶い出」を渡すお仕事をしています。

 

 

「おねーさんは、死んだ人?」

 

「うん、そうだよ。高3の時かなあ」

 

「…おねーさんはなんで死んだの?」

 

「んー、なんだろね。色々思いはあったけど、結局は勢いで、かな。」

 

「へーーー、勿体無い。後悔とかしてない?」

 

 

 

 

「…してるよ」

 

 

 

嬉しいことも、悲しいことも、苦しいことも全部、

あなたとずっと共有し続けたかった。

 

もっと生きてればよかった。

 

良い時も、悪い時も、お互い支え合って。

そーゆー生き方もありだったなあ、なんてさ。

 

 

 

…もう遅い。

 

 

だから私はこうして

「憶い出」を、必要とする人に魅せている。

 

 

 

――あの人に会いたい。

 

一度だけでいい、夢で会えたら。

 

私に会わないことがあの人の幸せなのに、

私はこうも自分の幸せばかり求めてしまう。

 

あの時と変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…最低だ」

 

 

「お、おねーさん…?」

少年が心配そうに私を見つめる。

そして、いつの間にか頬を伝っていた涕を拭いてくれた。

 

ふと、彼と目が合う。

 

「――ッ」

 

私は思わず少年を抱きしめた。

つやつやで柔らかな黒髪に顔を埋める。 

 

 

ああ、この感じ。懐かしいな

あの時の、あの人みたいだ。

 

 

 

 好きだよ、逸花。

 

ごめんね、逸花。

 

 

 

 

 

 

愛してるよ、ずっと。

 

 

 

 

 

寿命を授けよう

 神なる者から呼び出しを食らった。

 

「汝、またつまらぬことをしよって」

「…何のことでしょうか?」

「女児に余計なことを吹き込んだのではあるまいか」

「そそ、そんな。滅相もございません」

「以後気をつけよ」

「ぎ、御意…」

 

 へつらうように、苦々しい笑顔で私は後ずさる。

 神の者が何も言わないと分かると、すぐさま背を向け早歩きで門へと向かった。

 

「余はいつでも汝の代わりを用意できる。覚えておくと良いぞ」

 

 背後からの辛辣なお言葉が、私の首筋を冷たく舐めた。

 そしてそのまま、透明に限りなく近い白一面の神殿を逃げるように後にするのだった。

 

 

 人間は勘違いをしている。

 アダムとイヴは禁断の果実を食べただとか、楽園から追放されただとか、挙句死を設けられ、苦役のためにこの地上で生きる―。

 人間が考えたにしては良い線をいっていると思うが、そんなもの作り話にすぎない。苦役だとかそんな、否定的に捉えないでほいしものだ。

 

 本来、人間に寿命というものは存在していなかった。

 そして神の者に代わり、この私が人間に限りを設けている。

 

 なぜ限りを設けるのか。

 無論、人間のことを思っての行動だ。

 

 それなのに何なのだ、最近の人間は。

 死にたくないと我儘をいう者、対して、すぐ死にたいという者。

 自分勝手が過ぎるのではないか。

 

 この前なんて、若い女に「時間泥棒」呼ばわりをされた。

 なぜこの私が悪者呼ばわりされなければいけないのか。

 

 …まあ良いだろう。

 人間らに期限をつけることで、人間らは輝く。

 私は人間らから不毛な時間を頂くことで、永遠にこの時を楽しめる。

 

 彼らが何をどう思おうが、実際ウィンウィンなのだからな。

 

 

 

 

 ピー…ガガガガ、ガ、ピ、ピピーッ。

 

 「―っさい、ウィンウィンなのだからな…」

 

 雲から伸びる聡明な虹色の管。その先にはワイングラスのような形状の椀。

 余はふかふかの雲でできたロッキングチェアに揺られながらそれに耳をあて、

地上での寿命屋の行いに聞き耳を立てていた。

 

「はあ…。汝もやはりそうであったか」

 

 ただの猿であった汝を寿命屋にしてやったのは余である。

 汝は非常に優秀な猿であった。

 猿でありながら物の価値を定め物々交換を試み、発声に意味を設け、文字という概念をも生み出そうとしていた。

 発想力、向上心、勤勉性全てに申し分ないその猿の可能性を買った。

 …厳密には、余の仕事量を減らしたかったからなのだが。

 

 最初の寿命屋は素晴らしかった。

 勉学に励み、武道を極め、慈善活動に勤しんでいた。

 様々な人間と触れ合い、時には笑い、怒り、涙を流していた。

 

 今はどうか。

 何でも身に付け、何でも出来ると思い込んでいる。

 汝の「本気を出したら―」を、余は何回聞いたことだろうか。

 

 確かに寿命屋は賢い。

 

 だが、それに甘んじて何も成しえていないのだ。

 

「そろそろ、汝も寿命かな」

 

 余は虹色の管を人差し指でくるくる回す。

 

「余は悪いことをしてしまった。汝の呪いを解いて進ぜよう」

 

 物語の幕を下ろすように、指を鳴らした。

 

 

 

 

 永遠。

 それは魅惑の果実を装った、悪魔の果実だ。

 

 

憶い出

 小さな石を渡された。

 

「おねえさん。これ、なあに?」

「これはね、“憶い出”っていうんだよ」

 


「…オモイデ?」

 


「うん」

「透明なんだね、オモイデ」

「そうだよ」

 

 

 半透明のおねえさんが渡したそれを、僕は小鳥を扱うように大事に両手で抱えた。

 僕のオモイデは、見かけのわりに重い。りんごを持っているみたいだ。

 


「…つまんないの。赤とか青とか、色付いてないの?」

 


「ごめんね、付いていないんだ。でも、ほら。光の当たり方によって、うっすらだけど、色が変わるんだよ。綺麗でしょ?」

 

 僕の不満気な態度を優しく包み込むような、そんな笑顔。

 おねえさんは柔らかな口調で僕をなだめる。

 

 僕はおねえさんが指さす光の方へ、オモイデをかざしてみる。

 若干ではあるけども、確かに内側が万華鏡みたいで、ちらちらと淡い光の粒が見えた。

 僕がくるくるとオモイデを回すと、光の粒たちも光ったり消えたり、セピアのようなネオンのような、微妙な色たちが踊り始めた。


「うーん…。やっぱり、つまんないや。形だって歪だし。綺麗な丸とか四角とか、三角なのがいい」

 

 僕にはどうしてもそれが魅力的に映らなかった。

 

「…」

 

 おねえさんは何も言わない。

 様子が気になった僕はおねえさんの顔色を窺おうとしたけれど、それを阻むように長く重たそうな前髪が彼女の顔を覆い隠していた。

 

 


「そんなにいうなら、好きにすればいいよ。君のものだから」

 

 

 

  …そう言って、おねえさんは僕の頭を撫でてくれた。

 

 

 

 それから僕は、オモイデを改造することにした。

 ぼこぼこした部分はやすりで平らに削った。

 ざらざらした表面をピカピカに磨いた。

 中途半端に透明で濁ったような色は、上から絵具を塗ることできれいになった。

 

 

 


 ーーーあれ。

 これって、ほんとはなんだっけ。

 僕って、

 

 ―――なんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッッッッッ!」

 

 目が覚めた。まだ薄暗い天井が目に入る。

 ベッドから掛布団が全部落ちていたというのに、僕の全身は汗でびちゃびちゃだった。

 起きた瞬間の息苦しさはすぐに落ち着き、僕は起き上がった。

 

「…よし!」

 

 カップラーメンやお菓子のゴミと空き缶、ペットボトルの山を崩さないように、慎重に、慎重に、獣道を進む。

 

 一階へ降りると、かあさんが朝ごはんの準備をしていた。

 テーブルの上には空の弁当箱が1つ置かれていた。

 

 「ねえ、かあさん」

 「あら、また夜更かししてたのー?」

 「いや、寝起きだから」

 「あら珍しい、今日は朝ごはん食べるの?」

 「…」

 「うん?どうしたの」

 

 「…俺、今日、学校行ってみようかな」

 

 かあさんは僕を見たまま、見事に固まっていた。

 

 間もなくかあさんの手から菜箸が落ちる。その音が合図をしたかの様に、かあさんは僕の元へ駆け寄り、そしてキツイ抱擁をしてきた。

  そしてやっと解放してくれたと思ったら、かあさんは一目散にリビングを出ていった。

 早朝だというのに階段をズタズタ駆け上がる音が騒がしい。収まったと思ったら、遠くの方で声が聞こえた。

 

 「おとうさあーん!大変よ!ユウキが学校に行くって!!!」

 

 僕は苦笑いしながら、つけっぱなしだったコンロの火を止める。

 そして、上の棚に手を伸ばした。

 

 

 

 その日以降僕の家のテーブルの上には、早朝、弁当箱が二つ並べられている。

 

 

 

 

 

 

 

時間泥棒

 新宿駅の東南口にある大きな喫煙所を出たところで、不思議な男と出会った。

 

「お嬢ちゃん若いねえ、タバコ吸うんだねえ」

「え?…ああ、まあ。家族も吸ってたので」

「そうなんだあ。…おじさんにも、一本くれないかなあ?」

 

 真冬だというのにぼろぼろの薄着、胡散臭い笑顔でそう言われたら断れない。

「都会の人はホームレスを無視する」

 そんな文化を、上京したての私には知る由もなかった。

 私は1本、マルメンを渡す。

 ライターも貸して?と言われたので、私はため息をつきながら彼と共に喫煙所に行き、1本付き合ってあげた。

 お気に入りのジッポをカリパクされるのは御免だった。

 

 

「お嬢ちゃん、これから言うことは秘密だよお?タバコくれたから、特別にすごいこと、教えてあげる」

「はあ…」

 

「おじさんね、こう見えて人類最強なんだあ」

 

「はあ…」

「なんで人類最強だと思う?」

「プロレス連覇したとか?」

「してないけど、本気出せばできるよお。武術ではだれにも負けない。僕はハイブリッドだからねえ」

ノーベル賞とったとか?」

「とったことないけど、本気出せばとれるよお。知識ではだれにも負けない。僕はハイブリッドだからねえ」

 

 私を何歳だと思っているんだ。子供だましにもほどがある。

 法螺話と分かっていたものの、この男の話がだんだん面白くなってきた。

 どうせからかわれているのだから、わたしもからかってやろうと思った。

 

「へえー、すごいですねえ、“はいぶりっど”って」

「でしょお」

「おじさんは、宇宙人との、ハイブリッドなんですかあ?」

「うーん、そういうことじゃあ、ないんだなあ」

「じゃあ、どういうことなんですかあ?」

 

 私がノリノリになってきたのを察したのか、男は嬉しそうに短くなったタバコを吸って、そして鉄網に擦りつける。

 

「もう1本くれたら話してあげる」

「…」

 

 少し迷った末、男にタバコを渡した。

 男は火のついていないタバコを持ちながら、もう片方の手を自分の口元に添える。

 あたりをチラチラ見渡したのち、男は私の耳元で小声になった。

 

「おじさんね、この世界に宗教というものが生まれる前から、今まで、ずうーっと生きているんだあ。色んな人といーっぱい、会ってきたんだよお」

 

「へええー!おじさん、不老不死なんだあ。すごおーい!」

「ううーん、不老不死っていうかあ…」

 

「僕は、他人の時間を奪うことができるんだあ」

 

 男はニコニコしながらそう言った。けど、目が笑っていない。

 明らかに私の反応を伺っている。

 

「今すぐにでも死にたい人、死にたくない人、何も考えていない人、偉い人、貧しい人…色んな人からちょっとずつ、その人の時間をもらうんだあ。そうしたらね、気づいたらここまで生きてたんだあ。…あれ?そういえば、今元号なんだっけ?最近変わったんでしょお?」

 

 黙っている私に対し、男は煽るかのように饒舌に話した。

 その様子が少し不気味で、それまでの楽しい気持ちが一気に冷める。

 

「…最低」

 

 自然と口から溢れた。

 

「最低…?そうかなあ?」

「最低だよ。他人の時間を勝手に奪うなんて。それって泥棒じゃん」

 

 男は不思議そうな顔で頭をボリボリ掻く。白い粉がパラパラと落ちていった。

 

「じゃあさあ…」

 

「もし君が、学校の課題を出せって言われていて、でもいつまででもいいよって言われたら、君はいつその課題をやるの?」

 

「…やらないと思う」

「でしょお?そういうことだよお」

「どういうこと?」

 

「…教えてほしい?」

「教えてよ」

 

 彼は、ニヤニヤしながら私に手を差し出す。

「もう1本!」

「…はいはい」

 呆れながら、私は箱を開ける。

 

「あ、」

 

「何?どおしたのお?」

「タバコ、もう終わっちゃった」

 

「えええ〜。じゃあ、教えてあげられないなあ。…勿体無いなあ、話してあげたいなあ、説明したら、絶対、なるほど!ってなると思うんだけどなあ」

 

 …私に買ってこいと言っているのか。

 悔しいけど、ここでお別れは嫌だと思った。

 

「待って、買ってくるから」

 

 彼を両手で宥めながら、私はその場を離れる。

 

「ここで待っててね!すぐ戻るから!」

 

 喫煙所のドアの前まで来たところで、私は振り返り再びその男に念を押した。

 

 小柄なその男は、人混みに紛れながらも精一杯腕を上に伸ばし親指を突き出していた。

 

「お嬢ちゃんなら分かるよおー!」

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 目の前にはスーツの男性ばかり。

 戻ってきた喫煙所に、その男はいなかった。

 

「くそ、やられたわ…」

 

 やけくそになった私は、さっきコンビニで捨てそびれた、マルメンの空箱を投げ捨てようとした。

 

 その時だった。

 

 わずかに、手に振動が伝わる。

 これは?と思って箱を開けると、1本だけタバコが残っていた。

 私は思わずそれを取り出し、まじまじと見つめる。

 

 

 

「…時間泥棒さん、あなたですか?」