悴むアタマ

創作 気分転換 毎日更新できたらいいねって。

時間泥棒

 新宿駅の東南口にある大きな喫煙所を出たところで、不思議な男と出会った。

 

「お嬢ちゃん若いねえ、タバコ吸うんだねえ」

「え?…ああ、まあ。家族も吸ってたので」

「そうなんだあ。…おじさんにも、一本くれないかなあ?」

 

 真冬だというのにぼろぼろの薄着、胡散臭い笑顔でそう言われたら断れない。

「都会の人はホームレスを無視する」

 そんな文化を、上京したての私には知る由もなかった。

 私は1本、マルメンを渡す。

 ライターも貸して?と言われたので、私はため息をつきながら彼と共に喫煙所に行き、1本付き合ってあげた。

 お気に入りのジッポをカリパクされるのは御免だった。

 

 

「お嬢ちゃん、これから言うことは秘密だよお?タバコくれたから、特別にすごいこと、教えてあげる」

「はあ…」

 

「おじさんね、こう見えて人類最強なんだあ」

 

「はあ…」

「なんで人類最強だと思う?」

「プロレス連覇したとか?」

「してないけど、本気出せばできるよお。武術ではだれにも負けない。僕はハイブリッドだからねえ」

ノーベル賞とったとか?」

「とったことないけど、本気出せばとれるよお。知識ではだれにも負けない。僕はハイブリッドだからねえ」

 

 私を何歳だと思っているんだ。子供だましにもほどがある。

 法螺話と分かっていたものの、この男の話がだんだん面白くなってきた。

 どうせからかわれているのだから、わたしもからかってやろうと思った。

 

「へえー、すごいですねえ、“はいぶりっど”って」

「でしょお」

「おじさんは、宇宙人との、ハイブリッドなんですかあ?」

「うーん、そういうことじゃあ、ないんだなあ」

「じゃあ、どういうことなんですかあ?」

 

 私がノリノリになってきたのを察したのか、男は嬉しそうに短くなったタバコを吸って、そして鉄網に擦りつける。

 

「もう1本くれたら話してあげる」

「…」

 

 少し迷った末、男にタバコを渡した。

 男は火のついていないタバコを持ちながら、もう片方の手を自分の口元に添える。

 あたりをチラチラ見渡したのち、男は私の耳元で小声になった。

 

「おじさんね、この世界に宗教というものが生まれる前から、今まで、ずうーっと生きているんだあ。色んな人といーっぱい、会ってきたんだよお」

 

「へええー!おじさん、不老不死なんだあ。すごおーい!」

「ううーん、不老不死っていうかあ…」

 

「僕は、他人の時間を奪うことができるんだあ」

 

 男はニコニコしながらそう言った。けど、目が笑っていない。

 明らかに私の反応を伺っている。

 

「今すぐにでも死にたい人、死にたくない人、何も考えていない人、偉い人、貧しい人…色んな人からちょっとずつ、その人の時間をもらうんだあ。そうしたらね、気づいたらここまで生きてたんだあ。…あれ?そういえば、今元号なんだっけ?最近変わったんでしょお?」

 

 黙っている私に対し、男は煽るかのように饒舌に話した。

 その様子が少し不気味で、それまでの楽しい気持ちが一気に冷める。

 

「…最低」

 

 自然と口から溢れた。

 

「最低…?そうかなあ?」

「最低だよ。他人の時間を勝手に奪うなんて。それって泥棒じゃん」

 

 男は不思議そうな顔で頭をボリボリ掻く。白い粉がパラパラと落ちていった。

 

「じゃあさあ…」

 

「もし君が、学校の課題を出せって言われていて、でもいつまででもいいよって言われたら、君はいつその課題をやるの?」

 

「…やらないと思う」

「でしょお?そういうことだよお」

「どういうこと?」

 

「…教えてほしい?」

「教えてよ」

 

 彼は、ニヤニヤしながら私に手を差し出す。

「もう1本!」

「…はいはい」

 呆れながら、私は箱を開ける。

 

「あ、」

 

「何?どおしたのお?」

「タバコ、もう終わっちゃった」

 

「えええ〜。じゃあ、教えてあげられないなあ。…勿体無いなあ、話してあげたいなあ、説明したら、絶対、なるほど!ってなると思うんだけどなあ」

 

 …私に買ってこいと言っているのか。

 悔しいけど、ここでお別れは嫌だと思った。

 

「待って、買ってくるから」

 

 彼を両手で宥めながら、私はその場を離れる。

 

「ここで待っててね!すぐ戻るから!」

 

 喫煙所のドアの前まで来たところで、私は振り返り再びその男に念を押した。

 

 小柄なその男は、人混みに紛れながらも精一杯腕を上に伸ばし親指を突き出していた。

 

「お嬢ちゃんなら分かるよおー!」

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 目の前にはスーツの男性ばかり。

 戻ってきた喫煙所に、その男はいなかった。

 

「くそ、やられたわ…」

 

 やけくそになった私は、さっきコンビニで捨てそびれた、マルメンの空箱を投げ捨てようとした。

 

 その時だった。

 

 わずかに、手に振動が伝わる。

 これは?と思って箱を開けると、1本だけタバコが残っていた。

 私は思わずそれを取り出し、まじまじと見つめる。

 

 

 

「…時間泥棒さん、あなたですか?」