寿命を授けよう
神なる者から呼び出しを食らった。
「汝、またつまらぬことをしよって」
「…何のことでしょうか?」
「女児に余計なことを吹き込んだのではあるまいか」
「そそ、そんな。滅相もございません」
「以後気をつけよ」
「ぎ、御意…」
へつらうように、苦々しい笑顔で私は後ずさる。
神の者が何も言わないと分かると、すぐさま背を向け早歩きで門へと向かった。
「余はいつでも汝の代わりを用意できる。覚えておくと良いぞ」
背後からの辛辣なお言葉が、私の首筋を冷たく舐めた。
そしてそのまま、透明に限りなく近い白一面の神殿を逃げるように後にするのだった。
人間は勘違いをしている。
アダムとイヴは禁断の果実を食べただとか、楽園から追放されただとか、挙句死を設けられ、苦役のためにこの地上で生きる―。
人間が考えたにしては良い線をいっていると思うが、そんなもの作り話にすぎない。苦役だとかそんな、否定的に捉えないでほいしものだ。
本来、人間に寿命というものは存在していなかった。
そして神の者に代わり、この私が人間に限りを設けている。
なぜ限りを設けるのか。
無論、人間のことを思っての行動だ。
それなのに何なのだ、最近の人間は。
死にたくないと我儘をいう者、対して、すぐ死にたいという者。
自分勝手が過ぎるのではないか。
この前なんて、若い女に「時間泥棒」呼ばわりをされた。
なぜこの私が悪者呼ばわりされなければいけないのか。
…まあ良いだろう。
人間らに期限をつけることで、人間らは輝く。
私は人間らから不毛な時間を頂くことで、永遠にこの時を楽しめる。
彼らが何をどう思おうが、実際ウィンウィンなのだからな。
※
ピー…ガガガガ、ガ、ピ、ピピーッ。
「―っさい、ウィンウィンなのだからな…」
雲から伸びる聡明な虹色の管。その先にはワイングラスのような形状の椀。
余はふかふかの雲でできたロッキングチェアに揺られながらそれに耳をあて、
地上での寿命屋の行いに聞き耳を立てていた。
「はあ…。汝もやはりそうであったか」
ただの猿であった汝を寿命屋にしてやったのは余である。
汝は非常に優秀な猿であった。
猿でありながら物の価値を定め物々交換を試み、発声に意味を設け、文字という概念をも生み出そうとしていた。
発想力、向上心、勤勉性全てに申し分ないその猿の可能性を買った。
…厳密には、余の仕事量を減らしたかったからなのだが。
最初の寿命屋は素晴らしかった。
勉学に励み、武道を極め、慈善活動に勤しんでいた。
様々な人間と触れ合い、時には笑い、怒り、涙を流していた。
今はどうか。
何でも身に付け、何でも出来ると思い込んでいる。
汝の「本気を出したら―」を、余は何回聞いたことだろうか。
確かに寿命屋は賢い。
だが、それに甘んじて何も成しえていないのだ。
「そろそろ、汝も寿命かな」
余は虹色の管を人差し指でくるくる回す。
「余は悪いことをしてしまった。汝の呪いを解いて進ぜよう」
物語の幕を下ろすように、指を鳴らした。
永遠。
それは魅惑の果実を装った、悪魔の果実だ。