憶い出
小さな石を渡された。
「おねえさん。これ、なあに?」
「これはね、“憶い出”っていうんだよ」
「…オモイデ?」
「うん」
「透明なんだね、オモイデ」
「そうだよ」
半透明のおねえさんが渡したそれを、僕は小鳥を扱うように大事に両手で抱えた。
僕のオモイデは、見かけのわりに重い。りんごを持っているみたいだ。
「…つまんないの。赤とか青とか、色付いてないの?」
「ごめんね、付いていないんだ。でも、ほら。光の当たり方によって、うっすらだけど、色が変わるんだよ。綺麗でしょ?」
僕の不満気な態度を優しく包み込むような、そんな笑顔。
おねえさんは柔らかな口調で僕をなだめる。
僕はおねえさんが指さす光の方へ、オモイデをかざしてみる。
若干ではあるけども、確かに内側が万華鏡みたいで、ちらちらと淡い光の粒が見えた。
僕がくるくるとオモイデを回すと、光の粒たちも光ったり消えたり、セピアのようなネオンのような、微妙な色たちが踊り始めた。
「うーん…。やっぱり、つまんないや。形だって歪だし。綺麗な丸とか四角とか、三角なのがいい」
僕にはどうしてもそれが魅力的に映らなかった。
「…」
おねえさんは何も言わない。
様子が気になった僕はおねえさんの顔色を窺おうとしたけれど、それを阻むように長く重たそうな前髪が彼女の顔を覆い隠していた。
「そんなにいうなら、好きにすればいいよ。君のものだから」
…そう言って、おねえさんは僕の頭を撫でてくれた。
それから僕は、オモイデを改造することにした。
ぼこぼこした部分はやすりで平らに削った。
ざらざらした表面をピカピカに磨いた。
中途半端に透明で濁ったような色は、上から絵具を塗ることできれいになった。
ーーーあれ。
これって、ほんとはなんだっけ。
僕って、
―――なんだっけ。
「ッッッッッ!」
目が覚めた。まだ薄暗い天井が目に入る。
ベッドから掛布団が全部落ちていたというのに、僕の全身は汗でびちゃびちゃだった。
起きた瞬間の息苦しさはすぐに落ち着き、僕は起き上がった。
「…よし!」
カップラーメンやお菓子のゴミと空き缶、ペットボトルの山を崩さないように、慎重に、慎重に、獣道を進む。
一階へ降りると、かあさんが朝ごはんの準備をしていた。
テーブルの上には空の弁当箱が1つ置かれていた。
「ねえ、かあさん」
「あら、また夜更かししてたのー?」
「いや、寝起きだから」
「あら珍しい、今日は朝ごはん食べるの?」
「…」
「うん?どうしたの」
「…俺、今日、学校行ってみようかな」
かあさんは僕を見たまま、見事に固まっていた。
間もなくかあさんの手から菜箸が落ちる。その音が合図をしたかの様に、かあさんは僕の元へ駆け寄り、そしてキツイ抱擁をしてきた。
そしてやっと解放してくれたと思ったら、かあさんは一目散にリビングを出ていった。
早朝だというのに階段をズタズタ駆け上がる音が騒がしい。収まったと思ったら、遠くの方で声が聞こえた。
「おとうさあーん!大変よ!ユウキが学校に行くって!!!」
僕は苦笑いしながら、つけっぱなしだったコンロの火を止める。
そして、上の棚に手を伸ばした。
その日以降僕の家のテーブルの上には、早朝、弁当箱が二つ並べられている。